著作権表示の重要さ

 

アメリカでは忘れたら「失効」

1.はまりやすい法律の盲点

「鉄腕アトム」「ジャングル大帝レオ」「マッハゴーゴーゴー」といえばアメリカで有名になった日本アニメの古典。最近では、ブエナ・ビスタが宮崎アニメの数々をアメリカでビデオ発売し、ミラマックスが「もののけ姫」を来年劇場公開する予定です。実写映画では、「Shall We ダンス?」がアメリカでも公開され1、000万ドル近くの劇場収益を記録しました。日本生まれのソフトがアメリカで受け入れられ始めています。  映画の命は、劇場公開から、ビデオ販売、ペイ・パー・ビュー、ケーブル、無料テレビ、そして海外での市場へと広がり、長い間収益を生み出します。しかし、市場が拡大すればするほど、いろいろな法律の盲点に填りやすいものです。 アニメ、映画、テレビ番組といったコンテンツをもつ方が、アメリカでソフト・ビジネスをする際注意していただきたい点について、お話しいたします。

2.著作権表示は名札に相当

著作権表示というのは、コピーライトの頭文字Cが丸で囲まれているので、マルシーマークとよばれています。アメリカの映画をご覧になると、最後の方にマルシーの記号、著作権者の名称、発行の年が明示されています。これは名札のようなもので、誰がこの映画の持ち主で、いつ権利が発生したのかをみんなに知らせるためのものです。もし、この名札を付け忘れてしまった場合にはどうなるのでしょうか。近年まで、日本とアメリカではその扱いが全く逆でした。 アメリカの著作権法には旧法(1909年法)と新法(1976年法)があります。この2つの法律で共通して重要な点は、著作物が著作権表示なしに発行された場合、著作権が失効してしまうということです。(但し、1976年法では3つの例外を定めています。)著作権が失効するとは、パブリックドメインになってしまうということです。パブリックドメインとは、誰でも、自由に、無償で、方法の如何を問わず、著作物を利用することができます。(但し、商標権、肖像権の問題は別です。本稿では割愛いたします)。 では、著作権表示なしで日本で劇場公開した映画、テレビ放映した番組は、アメリカでどのように扱われるのでしょうか?

3.著作権表示を忘れたら?

日本は1889年からベルヌ条約に加盟しています。ベルヌ条約加盟国間では、著作権表示は義務づけれらていません。ですから、日本で著作権表示なしに劇場公開したり、テレビ放映しても、パブリックドメインにはなりません。アメリカがベルヌ条約に加盟したのは1988年でした。日本から100年遅れての加盟です。アメリカは、ベルヌ条約加盟により、著作権法を改正し、アメリカでの著作権表示を任意としました。1989年3月1日以降、著作権表示をしないで著作物を発行しても、パブリックドメインとはならず、著作権は有効に存続するようになりました。、ここで問題となるのは、1989年3月1日以前に著作権表示なしに公開・放映されたソフトです。著作権法の属地性から、日本では著作物として保護されますが、アメリカではパブリックドメインとして扱われます。したがって、1989年3月1日以前に、著作権表示なしに、日本で公開した映画や放映したテレビ番組をアメリカで独占的にライセンスする場合、以下のような問題が起こり得ます。 通常、アメリカのスタジオ、ディストリビューターはライセンス交渉の際、劇場公開、テレビ放映、ホームビデオ、マーチャンダイジングなどに関する独占的なライセンスを要求します。英語版制作費、マーケティング・広告宣伝費などの投資を考慮すると、独占権をとらないと利益にならないからです。 1989年3月1日以前に、日本で著作権表示なしで公開したソフトは、アメリカではパブリックドメインとなります。日本では自分のものが、アメリカではみんなのものとなってしまうのです。アメリカのスタジオやディストリビューターとの間のライセンス契約書で、ソフトを劇場公開、テレビ放映、ビデオ販売。。。する独占的な権利を与えると約束してしまうと、契約違反となります。権利がパブリックドメインだからです。 もし、アメリカで誰かがこのソフトを勝手にビデオで売ったり、テレビ放映したり、不特定多数の観客に見せても、誰も何も言えません。

4.パブリックドメインとなってしまったら?

アメリカ合衆国は1994年12月8日にウルグアイ・ラウンド協定(「協定」)を結びました。1989年3月1日以前に著作権表示なしで公開したためパブリックドメインとなったソフトの著作権を回復することができるようになりました。しかし権利回復は1996年1月1日付けで発効すると規定されているので、権利回復するまでは依然としてパブリックドメインのままです。また、一度消滅した権利が復活するというのは複雑な話で、これで迷惑する人もでてきます。 アメリカでは、パブリックドメイン作品ばかりを専門に集めて、ライブラリーを作り、外国語にダビングしてビデオ発売したり、ディジタル化したり、マーチャンダイジングをしたりしている会社があります。 協定では、権利回復するためには、パブリックドメインを信じた人に対して、著作権局に実施意思というものを提出することによって通知をしなければなりません。この通知がなされると、パブリックドメインを信じた人は12ヶ間在庫処分をする猶予が与えられます。

5.著作権表示を忘れたことに気付いて、後で著作権表示をつけて再発行した場合

パブリックドメインばかりをアニメ化してきたディズニー。ディズニーの古典アニメ「バンビ」は、ディズニーが生み出したキャラクターでもなければ、パブリックドメインでもありません。「バンビ」の生みの親は、フェリックス・サルテンというオーストリアの作家でした。「バンビ」の本が始めて世に出たのは1923年です。サルテンは、ドイツで、ドイツ語で「バンビ」の本を出版しました。ところが、著作権表示を忘れていました。著作権表示を忘れたことに気づいたサルテンは、1926年にこの本に著作権表示をつけて、再発行しました。そして、翌年アメリカの著作権局に著作権の登録を行いました。サルテンは、1937年に「バンビ」に関する権利をディズニーに譲渡しました。ディズニーは1942年にアニメ映画「バンビ」を劇場公開し、その後数回に亘って劇場公開を行い、ビデオ発売、マーチャンダイジング等で大きな収益を上げています。 サルテンが1923年にドイツで出版した「バンビ」に著作権表示を忘れたことが原因で、バンビの著作権をめぐって、サルテンの遺族から著作権を譲り受けたツイン・ブックスというアメリカの出版社とディズニーとの間で訴訟となりました。 ディズニーの主張は、サルテンは1923年に著作権表示なしで出版したので、「バンビ」はアメリカではパブリックドメインである、ディズニーがパブリックドメインの「バンビ」を映画化し、ビデオ販売するのは自由であると主張し、第一審で勝訴しました。1923年にパブリックドメインになったのだから、後で著作権表示をつけて再発行しても無効ということでしょうか。 判決を不服としたツイン・ブックスは上訴しました。上訴審である第9巡回控訴裁判所は、第一審と逆の解釈をしました。「バンビ」は、1923年に一度パブリックドメインになりましたが、サルテンは1926年に著作権表示をつけて再発行したので、アメリカ著作権法上の著作物として保護されること、そして、翌年にアメリカの著作権局で著作権登録を行ったこと、サルテンの遺族が1926年から28年後である1954年に著作権更新手続きを行ったこと、を認定して、上訴審は「バンビ」はパブリックドメインとはなっていないことを判定し、ディズニーの主張を覆しました(Twin Books Corp. v. The Walt Disney Company.83F 3d. 1162; 1996 U.S. App. LEXIS 11462)。ディズニーは上告していません。ツイン・ブックスの「バンビ」に関する著作権は2001年まで続きます。著作権を20年延長する法案が執行されると、2021年まで延長されます。

6.国境を越えるソフト

著作権法は国によって異なります。一つのソフトが国境を超え、マーケットを広げています。アメリカでソフト・ビジネスを行なう方は、権利関係に注意してください。

映像新聞2000年8月28日掲載  (c) 2000 Midori Mahl All Rights Reserved

 
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