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アーベンドになってしまったら? Stewart v. Abend
1.はじめに
ハリウッド映画には、文学や小説に基づいて作られたものがたくさんあります。永遠の名画「風と共に去りぬ」「エデンの東」「偉大なるギャツビー」「卒業」。最近の映画では、「マジソン郡の橋」「フォレスト・ガンプ」、弁護士作家のジョン・グリシャムやスコット・サローの裁判もの。
映画は、劇場公開されてから、ホーム・ビデオ、ペイ・パー・ビュー、テレビ、海外でのマーケットと販路を広げます。ハリウッドのスタジオは、映画ビジネスを守るために、映画作品の著作権などの権利関係、特に「アーベンド」にならないよう常に注意を払っています。
これからお話しする「アーベンド」になってしまうと、スタジオは、アメリカでは、映画を劇場公開したり、テレビ放映したり、ビデオ販売したり、原作権に基づいた著作権を利用することができなくなります。映画に限られず、原作に基づいた演劇、音楽などにも同じことが起こり得ます。
現行のアメリカ著作権法は、著作権の保護期間を、創作者の生存期間プラス50年と規定しています。しかし、1978年前に発行された著作物については、1909年法が適用されます。これによると、最初の保護期間は28年、更新すれば追加で47年、更に20年延長され、最長95年の保護を受けることができます。「アーベンド」とは、1909年法が、著作権の保護期間について更新を要求していること、だれが著作権を更新することができるのか、といった複雑な形態をとっているために実際に起こっている問題です。
2.「裏窓」事件
「裏窓」とは、ジェームス・スチュアート主演のヒッチコック映画です。スチュアート扮する写真家が、裏窓から殺人らしきものを目撃してしまいます。そこからサスペンスが始まります。1954年に劇場公開されて以来、今でも時々テレビで放映されているなつかしい名画です。この映画を巡って、アメリカ連邦地方裁判所、連邦控訴裁判所、そして連邦最高裁判所で、誰が原作著作権をもっているのかについて争われました。
映画「裏窓」の原作者は、推理作家のコーネル・ウールリッチ。ウールリッチは、1942年2月に「It
Had to Be Murder」という推理小説を出版しました。その後、この小説を映画化する権利と更新後の権利を譲渡しました。しかし、ウールリッチは著作権の更新期間がくる前に死亡しました。更新手続きをしないで死んだ作家から映画化権を買って、映画を作った人は、どうなるのでしょうか?
「裏窓」事件はこうして起こりました。
1942年2月 ウールリッチ「It Had to Be Murder」を出版(最初の保護期間は1942年から28年間。更新すると、更に47年間存続する)。
1945年
ウールリッチはこの小説の映画化権と更新権利をDe Sylba
Productionに譲渡。譲渡金額9,250ドル。当時では破格のお値段。
1953年 De Sylba Productionは、映画化権をスチュアートとヒッチコックに譲渡。譲渡金額10,000ドル。
1954年
スチュアートとヒッチコックは、この小説に基づいて映画「裏窓」を制作・劇場公開。
1968年
ウールリッチ死去。独身であったため、相続人なし。エステイトが財産を管理。
1969年
ウールリッチのエステイトであるチェイス・マンハッタン銀行がこの小説の著作権更新手続きを完了。そして、更新権利をアーベンドに譲渡。譲渡金額650ドルと10%の収益。
1971年
スチュアートとヒッチコックは、「裏窓」をABCでテレビ放映。
1974年
アーベンドはスチュアート、ヒッチコックらを著作権侵害で、ニューヨークの連邦地裁で提訴。
1976年
アーベンドはスチュアート、ヒッチコックらと25,000ドルで和解。提訴を取り下げる。
1977年 Rohauer v. Killiam Showsの判決。第2巡回控訴裁判所は、スタジオは、原作者から更新権利を譲り受けていれば、原作者が更新しないで死亡し、遺族が更新しても、原作に基づいて制作した映画を利用し続けることができる、と判決。
1983年 スチュアート、ヒッチコックらは、Rohauerの判決を拠り所にして、アーベンドを無視して、「裏窓」を再上映。劇場収益は当時の1、200万ドル。アーベンドは、スチュアート、ヒッチコックらを相手に再び著作権侵害で提訴。今度は、カリフォルニア州の連邦地裁にて。裁判所はRohauerを支持。第一審で敗訴。
1988年
アーベンド、第9巡回控訴裁判所に上訴。控訴裁判所は原審を破棄差し戻す。スチュアート側上告。
1990年 連邦最高裁判所、アーベンドを支持。Rohauer判決は覆される。
3.「裏窓」裁判の意味
1909年法では、著作権の最初の保護期間は28年、更新をすると更に47年プラス20年追加の保護が与えられます。創作者のみが更新をすることができます。創作者が死亡した場合には、その遺族、遺族のいない場合には、財産管理人のみが更新することができます。創作者が生存中、更新後の権利を第三者に譲渡しても、更新しないで死亡した場合には、譲り受けた人の権利は、最初の保護期間である28年で消滅します。
スタジオが、原作に基づいて映画を制作する場合、スタジオは通常、原作者から更新権利を譲り受けます。しかし、原作者が更新をしないで死亡した場合には、スタジオは遺族を見つけだし、遺族に原作著作権の更新手続きをとらせると共に、遺族からライセンスを受けてきました。もし、遺族からライセンスを受けないで映画をテレビ上映したり、ビデオを売ったりすると著作権侵害になるからです。スタジオ関係者の話ですと、1977年のRohauer判決が出るまでは、更新した遺族に対して、ロイヤルティを支払っていました。ところが、この判決が出てから、スタジオ側は、更新手続きをして権利者になった遺族に対して、ロイヤルティの支払いをやめてしまいました。そして、1990年に「裏窓」判決が出た訳です。
何故、1909年法によると、更新権利を買ったスタジオが、遺族からライセンスを受けないと映画を利用できないのかと言いますと、これは、原作者が小説やその他の著作物の潜在的な経済価値を知らずに、その権利を安い価格で売ってしまった場合、残された遺族やエステイトはこれに拘束されずに、セカンド・チャンスをもつことができるように法律が定めているからです。
「裏窓」裁判で、連邦最高裁判所は、6対3で、アーベンドが買った更新著作権を支持しました。ウールリッチがスチュアートらに生前譲渡した更新著作権は「期待権」にすぎない。ウールリッチのエステートのみが更新することができる。スタジオは、更新権利者からライセンスを受けないと、映画を利用することができないのです。すくなくともアメリカにおいては。。。アーベンドの著作権は、2037年まで続きます。
4.日本での権利は?
ハリウッドからの映画輸入国である日本。アーベンドの判決がもし、日本にも及ぶとすると、いままで権利者だと信じていた人から買った映画ライセンスはどうなるのでしょうか?今のところ、これに対するはっきりとした回答はありません。アーベンド氏の訴訟代理人であるピーター・アンダーソン弁護士によると、アーベンド氏は日本に行ってまで訴訟をする気はないし、それは経済的ではないということです。また、著作権法専門のディビッド・ニマー弁護士によると、アメリカでのアーベンド判決は、日本にも拘束力をもつという考え方も否定できないが、海外に波及することはないとしています。一応安心ということでしょうか。
5.結語
最近注目を浴びたMGM対ソニーの「007」裁判。何故ソニーはジェームス・ボンドの映画をアメリカで制作・公開することができないかと言いますと、原作権がアーベンドになったからです。原作者であるイアン・フレミングは「サンダーボール」の著作権を更新する前に死亡し、フレミングのエステイトがアメリカでの更新手続きを行いました。フレミングから「サンダーボール」の映画化権を譲り受けたマクロリーの権利は、アメリカでは最初の保護期間(28年)で消滅しています。ソニーは、フレミングのエステイトからライセンスを受けない限り、アメリカでは007映画を作ることはできないということです。
著作権は目に見えない権利。誰が本当の権利者なのか調べることが大切でしょう。
映像新聞1999年8月30日号掲載 (C) 1999 Midori Mahl All Rights Reserved
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